築地活字は 1919(大正 8)年の創業からまもなく 90 周年を迎えます。そのほぼ 1 世紀近くの歴史の間には、大震災による罹災があり、太平洋戦争の空爆による被害も甚大なものがありました。そのほかにも、活字鋳造と活版印刷には言うにいえない栄枯盛衰がありました。それでも家業としての活字鋳造と印刷材料販売を、90 年近くにわたって継続することができましたのは、ひとえに顧客各位のご支援の賜と深く感謝しております。
初代・平工太三郎が博文館印刷所(現共同印刷)と提携して、活字と印刷材料の販売を目的とし、築地活字の前身「横浜博文館」を横浜市中区南太田町の地に創業したのは 1919(大正 8 )年 6 月のことでした。小社の創業以来のシンボル・マーク「丸に HP 」はそのときから用いられており、その由来は「博文館プリント」からとられたものとされています。
ところがようやく態勢が整った直後の 1923(大正 12)年 9 月、関東大震災によって店舗施設に被害を受けて横浜市中区蓬莱町に店舗を移築、神奈川県一円の活字・印刷界の復興に尽力し、堅実な経営を続けてまいりました。
ついで 1933(昭和 8)年 8 月、二代・平工守一が継承し、活字母型と鋳造設備の拡充につとめ、海外への出荷も相次ぐほどの盛況をみましたが、1945(昭和 20)年 5 月、太平洋戦争による空襲によって、店舗・工場を焼失するという甚大な被害をこうむりました。
「株式会社平工商店」の設立者である平工榮之助は戦後の復興にあたり、長年の顧客のご支援と、妻・愛子の岳父・岩田百蔵(岩田母型製造所の創立者)の応援も受けて家業を復活し、活字母型と鋳造設備の拡充に注力いたしました。
(「株式会社平工商店」は昭和 29 年に「有限会社平工商店 機械材料部」を設立、現在も横浜市南区吉野町で「平工商店」として営業しております。)
また、のちにそれぞれ分離・独立をみましたが、東京支店、青森支店、秋田支店を開設いたしました。1968(昭和 43)年 2 月には、従来の活字鋳造と販売を継承する「築地活字販売」と改称いたしました。
社名を、活字界では別格の連想を抱かせる「築地活字」と名乗ったことの由来は詳しくは伝わっておりません。ただ改称したころに、日本鋳字株式会社の鋳造設備の一切と、人員を授受し、その中に 1938(昭和 13)年に廃業した東京築地活版製造所の活字母型も一部継承したために、活字界では名誉ある名称を名乗ったとされています。いずれにしても 1970(昭和 45)年には活字母型 26 万個を所蔵し、業界屈指の設備を有するにいたりました。
以来、時代の流れによる印刷機器のコンピューター化や、顧客ニーズの多様化の波にもまれながらも、90 年近くにわたって家業を継続できましたことは、ひとえに顧客各位のご支援の賜と深く感謝いたしております。
2010 年 6 月 30 日をもちまして当店は「株式会社 築地活字」へと社名変更いたしました。
今後も変わらず活版印刷の活性化に尽力したく、皆様にはご指導ご鞭撻賜りますようお願い申し上げます。
活字には三つの「重み」があります。
一つめは歴史の重みです。
グーテンベルクの活字版印刷発明以来、活字は 550 年以上もの歴史を活版印刷と共に歩んできました。
二つめは手間の重みです。
種字から活字母型を造りあげる母型職人の手間。永年の経験から微妙なズレを修整しつつ活字を造りあげていく鋳造職人の手間。こうした連綿と受け継がれる職人の技術が、かけがえのない重みのひとつであることは忘れられるべきではありません。
三つめは質量としての重みです。
活版活字は手で触れることのできる、現実に存在する物体です。今日の主流、コンピューターのデジタル化された仮相活字と違い、活版活字はまぎれもない本物です。
「築地活字」の活字は、大は二号サイズ(約 21ポイント)から、小は 6 ポイントまでの活字を、八光自動活字鋳造機を用い、すべてを自家製造しております。また築地活字は豊富な書体数と、優れた地金でご好評をいただいております。
築地活字の長体明朝は四分の三幅で、1963 (昭和 38)年に新刻創製したものです。また宋朝体は戦前から継承されてきた貴重な活字母型から鋳造しており、全国各地からのご注文をいただくほどの人気書体です。これら多数の書体とサイズのために、所有している活字母型の数量は、正直なところあまりにも多過ぎて把握しきれないのが現状です。
こうした活字の「重み」は、印刷された紙面にも痕跡として残されます。以前こんなことを私の父が言っていたそうです。
「今の新聞の文字よりも、昔の新聞の文字の方が、目が疲れない。それは活版で組んだ字の凹凸からくる、印刷面の微妙な色の濃さの違いが目を休めるからだ」
私はそんな活版活字に、いまだ魅了されてやみません。
活版活字鋳造販売
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『ポパイ2013年5月号』
『2013年1月号』
『2009年8月号』